今週から隔週の予定で、『実体験から考察する 山岳遭難防止術』と題した連載を担当する、木元康晴です。日本山岳ガイド協会認定の、登山ガイドです。
ガイドという仕事柄、山にはたくさん登ります。昨年(2015年)1年間の山行日数は、仕事とプライベートを合わせて137日間。ほぼ3日に1日くらいのペースで、山に入っていたことになります。
山行のスタイルで多いのは、少人数のお客様をご案内してのガイド登山です。秋から春にかけては、近郊の岩場の多い低山でトレーニングをし、夏には北アルプスや南アルプスの大きな山を目指します。
プライベートで山に向かうことも思いのほか多く、少人数のパーティで、主に登山者の少ない静かな山を登っています。また旅行会社から依頼を受けての、ツアー登山の引率をしたりもします。
山に向かう日数が多いと、様々な出来事に出くわすものです。なかなか目にすることのない絶景を目の当たりにしたり、珍しい生き物に出会うという、素晴らしい体験がある反面、厳しい悪天候に遭遇したり、遭難の現場に居合わせてしまうという、辛く、心苦しい出来事に出くわすことも少なくありません。
適切な用具の使用方法を解説しているところ(右端が私です)。定期的にこのような講習会も実施しています(写真提供=木元康晴)
山のリスクマネジメントを考える
子供のころの学校登山を除くと、私が山に登ったのは1987年の11月に目指した、奥武蔵の伊豆ヶ岳が最初です。
その後、本格的に山登りに取り組むきっかけになったのは、1989年のゴールデンウィークに友人に誘われて登った八ヶ岳・赤岳の登山でした。絶好の晴天に恵まれた山頂からの景色の見事さは、当時22歳だった私の価値観を一変させたのです。
けれどもこの時の登山は、非常にお粗末なものでした。もう冬とは言えないゴールデンウィークではあるものの、標高3000m近い赤岳はまだ雪山です。それなのにその時の我々のウェアは、綿のシャツにジーンズ。装備は4人でピッケル2本に、4本爪アイゼン3個と、6本爪アイゼンが1個。とても雪の赤岳を目指せるようなものではありませんでした。当然、事前に雪上訓練をすることもなく、雪の山を登る技術も皆無。運良く無事に登って、下山することができたからこそ、素晴らしい体験として記憶に刻みこまれたのですが、後に経験を積んでから振り返るとこの時の登山は、経験、技術、装備、体力のいずれもが極めて不足していた、100%無謀な登山でした。
それでもこの時の体験は鮮烈な印象を残し、その後の私は、登山に傾倒していくことになります。そしてレベルアップを目指して努力するものの、独学登山に限界を感じ、1990年11月に山岳会に入会。山登りへの傾倒は、さらに拍車がかかることになったのでした。
以来、25年以上の年月が経ちました。その間に日本各地の山々を登り、海外にも足を向けて、それなりに多くの経験を積み上げてきました。しかし今でも、山で予想し得ない事態に遭遇し、自分の持つ能力を駆使しでその状況を切り抜けるという場面はあるのです。やはり山では、どんなにスキルを高めたとしても、完璧なリスクの排除というのは絶対に無理、というのが実感です。
それでもそれらのリスクを観察・分析すると、ある共通した要素が見えてきます。そういった要素を知ることにより、エマージェンシーな事態に遭遇する確率を減らしたり、事態を致命的な遭難に悪化させることを防ぐリスクマネジメントの手段はある、というのも、私のもうひとつの実感です。この連載では、私が見たり、経験したことをベースにして、そういった山でのリスクマネジメントを考えて、読者の皆さんと共有していけたらと思います。
(文=木元康晴/登山ガイド)