山岳遭難防止術
登山ガイドが実体験から遭難防止を考える【連載03】
中途半端な山の残雪はやっかい
新緑の美しい初夏は、山登りには楽しい季節です。けれどもこの時期は、行き先をどこにするか頭を悩ませる方も多いかもしれません。ある程度標高の高い山には、中途半端な残雪があるからです。日本アルプスの山々のように、この時期でもまだまだピッケルとアイゼンが必要な世界であれば、敬遠するか、それなりの対策をとるかですが、そういった装備を持参するほどの状況ではない山で出くわす残雪は、けっこうやっかいなものです。
私が初めて、中途半端な山の残雪に出くわしたのは1989年、初夏の谷川岳登山のときでした。このときは技術も経験もまったくなく、先人のトレースをたどりつつ、本当に恐るおそるといった感じで慎重に歩いたものです。
しかしその後は山岳会に入会し、雪渓技術を叩き込まれることに。以降はむしろ残雪は得意となり、アイゼンがなくてもかなりの急斜面を、自由に登下降できるようになりました。
しかし、今の私の仕事は登山ガイド。自分が自由に通過できても、お客様には残雪を怖がる方も少なくありません。ロープを固定したり、ショベルを持参してステップを刻んだりするなど、さまざまな手を尽くして、中途半端な残雪に対処していくことになります。特に残雪の状態が悪く危険なときには、登山ツアーを主催する旅行会社にそのことをしっかりと説明し、ツアーそのものを中止にしていただいたこともありました。
中途半端な残雪に潜む危険を避ける
まず傾斜の強い残雪斜面では、スリップの可能性があります。軽アイゼンを着用するのがベストでしょうが、ない場合はストックでバランスをとって慎重に通過するか、場合によっては引き返すという判断も大切です。
沢筋にある残雪では、下に水が流れていて踏み抜いてしまうことも。厚みのある部分を選んで歩くか、残雪そのものを避けて歩いたほうが良い場合もあるでしょう。
またもっとも警戒が必要なのは、道迷い。地面を覆う残雪は、登山道をも覆い隠してしまうからです。
残雪によって登山道がどこかわからなくなってしまった場合は、もしそのコースに信頼できる赤テープなどの目印があるのならば、それを追うのもひとつの方法です。しかし赤テープは、登山道を示す以外の目的で着けられることも少なくありません。不用意に追うと、登山道を大きく離れてしまう可能性もあります。
見通しの良い場所であるならば、地形を見て道が続くであろう方向を探ってみても良いでしょう。ただし、勘に頼って進むのは厳禁です。
基本はやはり、地形図を読み取って正しい進路を確かめながら進むことです。読図とナビゲーションの技術は、登山道の位置がはっきりしない時こそ、有効なもの。またGPSも非常に強力なツールです。頼り切ることは絶対に避けるべきですが、効果的に活用するといいでしょう。
そして何よりも大切なのは、道を間違えた場合に早い段階で気づける注意力を持つことと、気づいた時には引き返す、判断力と決断力を持つことです。引き返すタイミングを逃してしまうとリカバリーは難しくなり、より深刻な道迷いの状況へと追い込まれてしまうでしょう。
(文=木元康晴/登山ガイド)