単独行は危険を秘めている
涸沢カールから奥穂高岳を目指す際のコースであるザイテングラートで、先月、3件の死亡事故が相次ぎました。亡くなったのはいずれも50歳以上の単独行の男性で、原因は滑落でした。そのなかには滑落後、しばらくは命があったと思われる方もいたそうです。もし単独ではなくパーティ登山だったとしたら、仲間の救助要請などにより、助かったかもしれない事故でした。
このような事故が起こるたびに、単独行の危なさが指摘されます。たしかにその通り、単独行には危ない面があるのは間違いないでしょう。
上の例のように、登山道を外れた人目につかない場所で身動きがとれなくなってしまい、さらに携帯電話も使えない状況になると万事休すです。
そういった状況で誰にも気づかれずに、力尽きてしまったと思われる登山者は、けっして少なくありません。警察庁が毎年発表する山岳遭難の概況で、単独登山者の行方不明者の数を見ると、昨年までの5年間では毎年25~30人もの人が山の中で、行方知れずとなっています。
また身動きがとれなくなるほどのダメージではなくても、単独行ではアクシデントがあったときに、自分ひとりで対処しなければなりません。いちばん困るのはケガでしょう。特に頭部や利き腕を負傷した場合、自分自身でファーストエイドをするのは至難の業です。
さらにひとりでは、道間違いや物を落としたりといったミスをしても気づきにくいですし、難しい局面に出くわした場合も、誰にも相談できません。忘れ物をすることも致命的です。
鳥取県在住時には登山道調査で何度も登った親指ピーク。調査のときはいつも単独行でした(写真=木元康晴)
リスクを減らす対策が必要
しかしそうはいっても、ひとりでの登山を楽しみたいときもあるでしょう。
また、特別な目的があって登る場合には、そもそもパーティ登山がそぐわない、ということもあります。私も自分自身の体力トレーニングで速く歩きたいときや、写真撮影が目的のときはひとりです。他の人が一緒ではペースが合わず、目的を果たすことができないからです。
また以前、鳥取県に住んでいた頃には、大山自然歴史館というビジターセンターから依頼を受けて、定期的に登山道の調査に出かけていましたが、このときもいつもひとりでした。私が担当するのは岩場やヤセ尾根のあるロングコースが多くて、ただでさえ時間がかかるうえ、途中で道の様子を確かめ、動植物の写真も撮影するとなると、より多くの時間を要します。限られた時間内に効率的な調査をするには、単独が適していると考えたのでした。
単独行では、目指すコースで求められるよりも、自分の技術と体力が上回っていることが大切です。そのうえで登山計画書は必ず提出する、必要な装備はもれなく持つ、通信手段を確保しておく、といった、リスクを軽減するための対策をとって臨むことになります。
けれども私も、単独行での失敗は少なくありません。特に考えごとをしながら歩き、ルートミスに気づかなかったことは何度もあります。ひどいときには明らかに登山道を外れた岩場に出たにもかかわらず、そのまま登ってしまって、フリーソロクライミングの状態になってしまったことも。誰かが一緒だったらおかしいと口にするのでしょうが、気づくのが遅過ぎて、自ら危険な状況に入り込んでしまいました。
また写真撮影に時間をかけ過ぎて夕暮れが迫り、大慌てで下山する途中にスリップ。勢いがついていて登山道を飛び出してしまい、頭を岩に打ち付けて大きなたんこぶを作ってしまったこともありました。このときは、もしたんこぶでは済まないケガをしていたら、いったいどうなったかと不安を感じました。
やはり相応の登山の力量を持ち、リスク対策をとっていても、単独行の危険を完全に排除することはできない、というのが自分の経験からの実感です。
ちなみに以前、元・青梅警察署山岳救助隊副隊長である金邦夫さんにうかがったところ、奥多摩で行方不明になる人のほとんどは単独行とのこと。さらに50歳以上の男性の比率が、非常に多いのだそうです。当てはまる人は、注意したほうがいいでしょう。私も先日、50歳になりました。単独で山に向かう場合には、充分に気をつけたいと思います。
(文=木元康晴/登山ガイド)