山岳遭難防止術
登山ガイドが実体験から遭難防止を考える【連載25】
役に立っているネガティブ思考
私はけっこう臆病というか慎重な性格であり、あまり無理はしないほうです。山に向かっても、予定のルートを登るのを途中で止めて、引き返すこともしばしば。最近では1月下旬に目指した八ヶ岳西面の岩稜ルートで、下部岩壁の途中から引き返しています。
思えばこういった傾向は、今から20年くらい前、30歳前後の体力、気力ともがピークであっただろうころからそうでした。当時、ロープを結び合うことが多かった仲間からはよく、
「お前は必ず登るという強い気持ちがないから、クライマーとして結果が出せないんだよ」
と言われたものです。また別の友人からも、
「木元さんといっしょに行くと、途中で帰ろうと言い出すことが多くて困っちゃうよ!」
などとも言われました。
確かに私は考えが少々ネガティブであり、天候や山のコンディションや自分の体調などに違和感があると、すぐに引き返すことを考えます。
とはいえ、山の様子の細かな変化にも気を配り、常に引き返すことや、エスケープルートからの下山を意識しつつ行動する習慣は、その後に生業とするようになったガイド登山では、非常に役立っています。自分の率いるパーティに予想しないアクシデントが生じたとしても、対応策はすでに頭の中にあるので、迅速に対処できるのです。
ちなみに私の登る気持ちのなさを口にした仲間は、その後大ケガをして後遺症が残り、登山からは完全に身を引きました。また私が帰ろうと言うのが困ると言った友人は、けっきょく山で命を落としています。ふたりとも私よりも優秀なクライマーだったのですが、同時に私以上にリスクを受け入れる性格だっと思います。その結果、取り返しのつかないことになってしまったのは、とても残念なことです。
リスクを受け入れる度合いを見直すことで遭難を回避する
この連載では主に、様々なシチュエーションごとに遭難の可能性を挙げてその対応策について記してきましたが、山の遭難の大きな要因は外的なものよりも、遭難を起こした人自身の安全に対する考え方や、リスクを受け入れる度合いによるものが大きいのではないか、とも感じています。なぜならば、30年近くになる私の登山経験の中で見ても、事故を起こす人はあまり危険とは思えないところでも繰り返し起こすし、起こさない人は難しい雪山などを何度も登っていてもゼロ、という人が、いずれも少なくないからです。
私の身近にはこれまでに4人、周りからの注意を聞き入れず、登山のセオリーを無視した独自のコース取りや天候判断、装備の選択を繰り返す人がいました。その4人はどうなったかというと、いずれも既に亡くなっています。4人ともが山での遭難でした。何とか防ぐ手立てはなかったのか、と後で自問自答もしましたが、こればかりは本人が聞き入れてくれない限りどうにもできません。傍で見て危なく感じる人は、やはり本当に事故を起こすのだと、なかば諦念のような思いすら抱いた4人の遭難でした。
また必ず登るという強い思いを持って山に向かう人も、悪天候や体調不良をおして登りがちです。これは山にのめり込み始めた体力と気力が充実した人のほかに、年長の方にも意外と多く見られる傾向です。年長の方は、翌年には年を重ねてさらに体力が落ちるというあせりがそうさせるのでしょうか。
しかし山での遭難は当事者だけの問題ではなく、周囲にも多大な迷惑をかけてしまうものです。今週はじめには、山での遭難者救助の訓練をしていた、長野県の防災ヘリコプターが墜落し、乗組員の方が亡くなるという痛ましい事故が起きています。山では救助する側にも、とても大きな危険があるということを再認識させられた出来事でした。
登山の危険はけっしてゼロにできるものではありませんが、折を見て、自分の安全意識やリスク受け入れの度合いを見直してみる、ということは意味があると思います。近年、遭難件数は増大傾向ですが、登山者各自がそういった見直しをすることで、遭難はもっと減らすことができるのではないか、と思えるのです。
(文=木元康晴/登山ガイド)