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山の遭難防止を考える

登山ガイドが語る「遭難しやすい人、危ない人」

年々増加を続ける山岳遭難。2015年の発生件数は2508件、遭難者数は3043人で、過去最多となりました。

「自分だけは大丈夫」と思っていても、明日はわが身かもしれません。

遭難はどうすれば防ぐことができるのか。

ひょっとして自分は「遭難予備軍」になっていないだろうか。

そこで今回の特別号では、『週刊ヤマケイBOOKS 山岳遭難防止術』の著者でもある登山ガイドの木元康晴さんに、実際のガイド体験のなかから「遭難しやすい人、危ない人」とはどんな人なのか、そしてそんな「遭難予備軍」にならないためにはどうすればいいのか、を教えていただきます。

遭難しやすい人、危ない人

こんな人が「遭難予備軍」

登山を楽しむためにも「遭難のリスク」を正しく把握しておきたい(写真はイメージです)(撮影=木元康晴)

落石を招きかねない人

岩場やクサリ場で自分が登るのに精一杯の人は、見ていてとても危なく感じます。気持ちに余裕がなく、腕力で一気に登ってしまおうとして、そのクサリや目の前の岩しか見えなくなっているのでしょう。浮石に触れて落としてしまったり、そこまでではなくとも足をバタバタさせて、落石の危険性を増したりする人をよく見かけます。

こういったタイプが多いのは、主に年長の男性です。逆に体力や腕力に自信がない、と口にする女性のほうが、危険な箇所を見極めつつ慎重に進むので、結果として難所をうまく通過できている場合が多いように感じます。

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岩稜コースの危なっかしい登山者

どう見ても危なっかしい、この場に来たことが間違いではないかと思えるような人の姿も、山ではチラホラと目に入ります。

その日は西穂高岳から奥穂高岳に向かう途中、長い岩場を登りきり天狗ノ頭を通過した先で、悲痛な表情の若い女性とすれ違いました。よく見ると、涙をこぼしています。どうやらあまりの岩場の厳しさに、心が折れてしまったようでした。男性がひとり同行していたのですが、その人も岩場に不慣れなようで、片側が切れ落ちたトラバース区間で足を震わせていました。

「大丈夫ですか? 引き返すことも考えたらいかがですか?」と声をかけたのですが、「ここまで来たら行くしかない! 引き返すことはできない!」と叫ばれてしまいました。

それ以上はどうすることもできず、そのまま我々は先に進んだのですが、「あのふたりは長い岩場を下ることはできたのだろうか?」と、一緒に歩く同行者ととても心配しました。

余裕をもって行動できる人は「遭難予備軍」にはなりにくい(撮影=木元康晴)

雷が響いているのに避難しない人

「雷の怖さをわかっていない人」も少なくありません。3年前、大菩薩峠に向かう稜線を歩く途中、親不知ノ頭のピークに差し掛かったところで、雨がパラパラ落ちてくると同時に、頭上で雷がゴロゴロと鳴り響きました。そのとき近くにいた人が、おもむろにザックを下ろしてレインウェアを着始めたのです。急げば避難小屋に駆け込むこともできたのですが、その人は雷の危険を避けるよりも、雨に濡れないことのほうが優先順位が上と考えていたのでしょう。

しかし稜線で雷に遭遇した場合は、濡れを防ぐこと以上に、まずは雷を避けなければいけません。このようにリスクに対しての優先順位を間違える人は、遭難予備軍の可能性があります。

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単独行の危険性

注意力散漫な人の単独行は、正に遭難予備軍そのものですね。

人間ひとりの注意力は限られています。たとえ注意力に自信がある人であっても、何か気になるものがあってふと右を見て歩いているときに、もしかしたらそのわずかな間に、左側に分岐などの重要なものがあって見落としてしまうかもしれません。

複数の目があることで、見落としや落し物、忘れ物などを防ぐことができます。何かアクシデントが起きたときにも、複数のほうが対処しやすいでしょう。

単独行ではすべて自分でやるしかありません。いま進んでいる道は正しいのか、見落としているものはないかなどと、常に自分の行動に疑いを持ち、自分の下した判断を検証できる人でないと、遭難の危険性は高まるでしょう。

(文=木元康晴/登山ガイド)

遭難予備軍にならないために

山のリスクを正しく知り、対応する

登山ガイドや山岳会が行なう講習会に積極的に参加しよう(写真提供=木元康晴)

クライミングをトレーニングに取り入れる

多くの人が苦手とする難所の代表格は、岩場です。登山道上で岩場が現れたときは、まずは岩の形状や、目立つ浮石がないかなどを観察することが大切です。その上で進むべきラインを決めてから、取り付くことになります。動作はできるだけ無理のない、安定した姿勢を保てるように心掛け、また同時に三点支持を忠実に守り、不意のバランス崩しにも備えます。そして動き始めてからもルートファインディングは怠らず、常に進路を調整しつつ正しい方向へ移動していくということになります。

岩場が苦手な人は、ぜひ初心者向けのクライミング講習会に参加してみてください。トップロープで行なうので、失敗してもその場で止まるだけです。初めは怖いかもしれませんが、徐々に岩場での体の動かし方がわかってくるでしょう。岩場での体の動かし方がわかると、登山道で現れる岩場でも、余裕をもって行動することができるようになるものです。

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ヘルメットのすすめ

自分なりに経験を積み重ね、充分に注意を払っていたとしても、山で落石に出くわすことはあるでしょう。特に岩場やガレ場では、常に上部への警戒が必要です。

また、もし落石がおきたならば、落下方向を見極めて慎重にかわし、同時に「ラク」と大声を発して、下の登山者に注意を促します。「ラク」と言うのは自分が落石を起こしてしまった場合も同様です。

そして岩場コースとされる登山道では、必ずヘルメットも着用しましょう。もしヘルメットをかぶっていない頭で落石を受けた場合は、出血や頭蓋骨損傷の危険性があります。また見た目では異常がなくても、脳にダメージを受けている可能性もあってとても危険です。

剱岳・カニのヨコバイにて。ヘルメット装着率の高さがよくわかる(写真=木元康晴)

雷について正しく知る

雷が発生するときには、一定の天候パターンがあります。山のふもとと山頂の気温差があるときなどは、雷が発生する可能性が高いので、登山の前日には必ず最新の気象情報を確認することが大切です。天気予報で「大気の状態が不安定」と伝えられるときにも要注意です。

また、実際に山で行動していて、「雷がくるかもしれない」と感じるときがあります。下から熱い上昇気流がわいてきて、空気が動いているのがわかるときには、雷に対して警戒をします。行動中も、常に空の様子をチェックしたり、雲や空気の流れに敏感になることが雷を避けるために大切なことです。

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「冷静になる」ために地図を見る

山では進路だけでなく、所要時間や天候などの判断が常に求められます。しかしその際に、思い込みや気づくべき事柄の見落としから、選択肢を狭めてしまうことがあります。そして経験不足や疲労感などから、安易な選択肢を選んでしまうこともあり得るでしょう。結局、自分の判断は常に正しいとは限らず、思いがけない盲点があると考えるべきなのです。

特に単独行では、地図をよく見ることをおすすめします。道間違いを防ぐという意味はもちろんありますが、出発点と目的地と自分の現在地とを知ることで、全体の行程を冷静に見渡すことができるからです。

地図を開いて見る意味は、この「冷静になる」こと、そして自分の行動を客観的に見直すことにある、と私は思います。

(文=木元康晴/登山ガイド)

株式会社山と溪谷社
〒101-0051東京都千代田区神田神保町1-105 神保町三井ビルディング
解説
木元康晴
表紙写真
渡辺幸雄
編集
佐々木 惣
アートディレクター
松澤政昭
SSデザイン
塚本由紀(T&Co.)
提供
日本費用補償少額短期保険
プロデューサー
萩原浩司

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