『剱人』(星野秀樹)
連載第13回(著者=小林千穂/山岳ライター・編集者)
一流の人を集める山
『剱人』は2011年4月号から12月号まで『山と溪谷』に連載された記事をまとめているので、目にしたことのある人も多いだろう。剱岳と深く関わる9人の「剱人」を著者が訪ね、剱岳への思い、山への姿勢などがそれぞれの人生とともにまとめられている。
著者の言葉に「剱岳が呼び集める人たちは、他の山では出会えないような、何か独特な臭気を発している。単に個性的という存在ではない、『何か』を秘めている」とある。たしかに、ここに登場する人は、直接会って話を聞いてみたくなるような独特の山の世界感を持っている。
剱は近い裏山、遊び場だという地元の登山家、「雪を見る目」をもつ山岳ガイド、剱岳に学び、登山者の安全に気を配る山小屋経営者、自らの体を賭けて登山者を救う元山岳警備隊員、麓に腰をすえ「魂の山」を撮る山岳写真家――。生死を日々実感する山の中で生きる人が発するメッセージは、ひとこと、ひとことが心を強く打つ。
剱岳との向き合い方はそれぞれに大きく違う。しかし共通しているのは、剱岳が他の山とは違う存在であり、生き方に大きな影響を与えたその山に強く惹かれているということだろう。
深く山を知る人の言葉によって、剱岳という山の特異性が浮き彫りになっている。山岳ガイドの稲葉英樹さんは「ひとつの山であれだけバリエーションが詰まっている山はない。雪がめちゃめちゃ多くて、懐が深い。谷も深い。そいうことを知れば知るほど、凄いところなんだな」と言う。
また、冬と春に北方稜線から14回、剱岳の山頂に立った登山家の和田城志さんは「剱はきっと、緊張感の持続を求める、自然本来の姿をもっている」と語る。そして何人かが語るのが、同じ北アルプスの穂高との違いだ。冬、すさまじい量の雪が降り、深い谷を持つ剱岳。その凄さを知れば知るほど、人は強く引きつけられるのかもしれない。
留めておきたい剱人の言葉
本書に綴られた剱人のメッセージは、山との距離感、向き合い方を私たちに伝えてくれる。山岳写真家の高橋敬市さんは「立山とか他の山には感じなかったことだが、ここから先は、もう自分は入っちゃいけない世界、というのが剱にはある」と話し、山のプロであっても、一線を引いて、慎重にならざるを得ない山だという。
遭難事故を見続けた佐伯友邦さんの「山を自分の都合に合わせようとする人もいるけれど、それはむしがよすぎる」という言葉は、私たちが忘れてはならないことだし、「山のなかでは、どんな細かいことでも『ま、ええか』というのはないんや。適当にやっていたら、しっぺ返し来るの全部自分やからな」冬の剱に通い続けた和田城志さんの言葉は重い。剱人は、私たち登山者も心に留めておきたい、多くの教訓を与えてくれる。
山に惹かれるのは、険しさや美しさであることに間違いはない。しかし、山の魅力のひとつとして、その山に生きる「剱人」のような存在があることも、この本は教えてくれるだろう。