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週刊ヤマケイ最終号に寄せて

文・写真=菊池哲男(山岳写真家)

私が提供した『週刊ヤマケイ』の表紙写真は、2012年8月2日創刊準備号2号から4号を経て9月20日の創刊号より2015年3月26日配信 通巻132号まで、足掛け2年8ヶ月、135号分で、もし仮に月刊だとしたら何と11年分にもなります。創刊準備号2号の表紙は「白馬岳頂上直下のお花畑」、記念すべき創刊号の表紙は「秋の涸沢カール」でした。

創刊準備号2号の表紙となった「白馬岳頂上直下のお花畑」

創刊号の表紙となった「秋の涸沢カール」

創刊号の中で当時の久保田編集長が寄せた「創刊のごあいさつ」に“山を愛する人、自然が好きな人の心をつなぐ「無償の贈り物」。情報をご提供いただくかたもボランティア、もちろん配信も無料です。”とあります。そしてこの表紙用写真の提供も実はボランティアなのでした。月刊と違って毎週ですから結構大変で、できるだけ季節に合わせ、同じ紅葉でも初秋から晩秋まで細かくセレクトしました。

でも無償が嫌で表紙担当を降りたのではありません。私自身、『週刊ヤマケイ』を情報収集に有効活用していましたし、何よりこの『週刊ヤマケイ』の趣旨に賛同したからでした。表紙写真の一般公募は順調に加入者も増え、読者の投稿も活発になり、皆さんから表紙用写真を公募したらさらに『週刊ヤマケイ』が盛り上がるのではないかと私が提案しました。それは私が初めて『山と溪谷』に写真が掲載された時、ましてや雑誌の顔である表紙に採用された時、とても嬉しかったことを覚えていたからです。自分の撮影した写真が掲載される喜びはプロもアマチュアも変わりません。

休刊となる最後の表紙は3月25日の朝、撮りたての「モルゲンロートに染まる白馬三山」にしました。八方尾根での撮影ツアー中の作品ですが、まだ暗いうちから強風吹き荒れる中で迎えた朝焼けに染まる山々の姿に皆さん、言葉もないほど感動していました。そしてこの撮りたてというスピード感こそが『週刊ヤマケイ』の命だったと思います。

最後に関係者の皆さん、読者のみなさん、長い間、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。

週刊ヤマケイ最終号に寄せて

文・写真=谷水亨(北海道アウトドア夏山ガイド認定者)

初投稿となった十勝連峰・三段山。登山日は2013年3月4日、週刊ヤマケイ2013年3月14日配信の通巻26号に掲載

2012年9月20日の創刊号以来、341号を配信された佐々木惣様を始め編集者の皆さん、また創刊に当たりご尽力いただいた元久保田編集長様には、その苦労に感謝と敬意を表したいと思います。私は26号が初投稿で、それ以来お声をかけていただき、今回の旭岳登山情報で寄稿総数300(登山地情報266・表紙27・ヤマケイニュース7)となりました。これもご愛読者の皆様や編集者の皆様のお陰だと思っています。初投稿以来ちょうど6年が過ぎ、週刊ヤマケイを通じて皆様に北海道の山の魅力をお届けできて本当に幸せでした。6年前までは年に数回しか登らなかった登山人生において、週刊ヤマケイへの寄稿は、私の登山人生を一変させました。毎週北海道の山をご紹介することが楽しくて、楽しくて、いつの間にか毎年50座前後を登るようになり、100種座以上の山をご紹介することができました。しかしながら、全国の愛読者の皆様からすると北海道の百名山の現地情報が一番良かったのかも知れませんが、広い北海道を走り回るのも限界があり、日高山脈・大雪山が中心となりましたことお詫び申し上げます。また名峰以外の沢登りやクライミング、冬山登山といった専門的な記事も多く、自己満足的な寄稿文になってしまったことも併せてお詫び申し上げます。

配信終了のお話を頂いてから、最後は、読者の方々にもなじみの百名山に拘り、トムラウシ山、後方羊蹄山、旭岳とご紹介させていただきました。北海道の冬ですから成功率も低い中、何とか成功させ、ご紹介出来たことは、これまでの皆様の温かいご声援の賜であったと思っております。本当に長い間、ありがとうございました。

私にとって総寄稿数300号「北海道の最高峰・大雪山旭岳」が週刊ヤマケイ最終号になってしまいましたが、これも何かの区切りとしてとらえ、これを期に自然保護・ボランティア活動などにも参加し、山とじっくり向き合いながら人生を楽しんでいきたいと思います。もし北海道の山で「おしゃべり好き」な親父と出会いましたら、是非お声をおかけください。一緒に山を楽しみましょう。

著者近影

書評『穂高小屋番レスキュー日記』(宮田八郎・著)

文=渡辺幸雄/山岳写真家

『穂高小屋番レスキュー日記』著者=宮田八郎/1500円+税/3月20日発売/四六判/260ページ/ISBN:978-4-635-51030-1

ご存知の通り、筆者は昨年4月南伊豆で山仲間とシーカヤックに出掛け帰らぬ人となった、穂高岳山荘の小屋番であり映像作家の宮田八郎。僕とは歳も近く、同時代を穂高で過ごした(当時僕はお隣の北穂高小屋番)山仲間である。そんな彼が生前に書き連ねてきたレスキュー日記。本の企画自体は生前からあったらしく、本来なら彼自身で完成させたかったであろう事は、痛いほどよく判る。ご遺族や担当編集者の人力もあって完成の日の目をみた一冊である。

なので、本来言われる遺稿集とは趣が違い、全ての登山者に読んでもらいたい完成度の高い本に仕上がっている。

筆者が穂高の山に生きて30年、これまでの半生を振り返り穂高に対する想いが綴られている。この間行われてきたヘリレスキューこと、特に民間ヘリ会社が中心となって行われてきた90年代の「センタースリング」と言われる救助方法やヘリレスキューの中心人物「シノさん」こと東邦航空松本営業所所長(当時)の篠原秋彦やパイロット関根理との邂逅の日々など。30年以上に及ぶ穂高小屋番生活で感じ、考えてきたことを、レスキュー活動を中心に物語っていく。

穂高では毎年必ず遭難事故が発生しているが、筆者がこれまで出動したレスキュー事例を幾つか取り上げ、山で遭難事故があった際の救助者側からの目線で語られている。しかしそれは「山は自己責任」と一般に言われるが「レスキューを迷惑だと思って出動したことは一度も無い」と断言する。「助けることができるところで助けを待つ人がいて、救助するのは当たり前」と筆者の救助する側としての熱い胸の内が伝わってくる。さらに「「命がけで救助」なんてありえない、穂高で人を救うことにかけてはプロフェッショナルです。」となんとも頼もしい限りではないか。

もちろん堅苦しいレスキューの事ばかりではなく、八郎節と言われる関西弁丸出しの突っ込みも痛快な調子で綴られ笑いも誘う。生前の八ちゃんを知る者には、実に久しぶりに彼の話を聞いたそんな気持ちにもさせられる本である。もちろん彼自身を知らない読者にも、そのエキスは読み進むに連れ引き込まれることは間違いない。何も飾らない素の宮田八郎の人柄や性分を存分に感じられ、その魅力的な愛すべきキャラに魅了されよう。

また一部は筆者が生前書き込んでいたブログ「ぼちぼちいこか」からの転載文も加えられ、より一層筆者の気持ちに触れることができるエピソードが入っている。

さらには自らが体験した、山で友を突然喪うことの気持ちも赤裸々に綴っている。篠原秋彦、岡田昇、磯貝猛、谷口けい、今井健司らへの思い出や事故の状況や悲しみそして共に過ごせた時代(とき)に感謝を表す。同時代を穂高で生き、筆者同様彼らを知るものとして事故当時に思いを馳せ、彼らを偲びながら読ませてもらった。

涸沢の若い常駐隊員が「救助したときのあの感じがイイんスよね~」と語る姿を嬉しく思う筆者である。残念ながら遺志となってしまったが、彼のレスキューへの熱い想いが、間違いなく次の世代へ引き継がれている事を示している。レスキューに燃える宮田八郎の魂は未だに穂高に生き続けているのである。

そして最後の「おにぎり」は、間違いなく八ちゃんから奥様へのラブレター。彼の家族への愛を感じる一遍です。

彼の山に挑む人、登山者への愛に満ちた想いには頭が下がります。本にも書いてあるように「防いだものは何もカタチに残らず、評価されない」「遭難させないことこそ・・・われわれの願いである。」これこそが穂高を愛し続け、見続けてきた筆者の祈りに近い願いである。

この本は紛れもなく救助を待つ要救助者を一人でも少なくできる。そんな一冊になることであろう。八ちゃん素敵な贈り物をありがとう。

※敬称は省略させていただきました。

秋田県の山岳グレーディングハンドブック

秋田県が3月5日から配布開始

ハンドブックの表紙には『でこでこてっぺん』のゲキさんのイラストが!

「山のグレーディング」は登山道別に必要な体力度と難易度を評価したもので、2014年に長野県が初めて導入しました。山を比較する全国基準のものさしとして、いまでは長野県のほかに、山梨県、静岡県、新潟県、岐阜県、群馬県、栃木県、山形県などにも広がっています。

この3月、秋田県もこの山岳グレーディングを実施し、秋田駒ヶ岳、鳥海山、森吉山など、秋田の魅力的な山31山(33ルート)を評価しました。

体力度を10段階、技術的難易度を5段階で判定し、これを縦軸と横軸からなる「マトリクス表」と「一覧表」にまとめられています。

また各山の詳細についてはハンドブック『そこに秋田の山が山ほどあるから』に写真付きで解説されています。

秋田の山の魅力に、ぜひ触れてみてください。

下記URLからPDFをダウンロードできます。

「秋田県の山岳グレーディング」について(秋田県公式サイト)

https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/39872

第10回TKフォトクラブ作品展「四季の彩景」

5月10日(金)~16日(木)、東京・銀座で開催

岸本孝一「赤黎山脈」

山岳写真家・菊池哲男氏を顧問として活動している写真クラブ「TKフォトクラブ」。山岳写真を中心に自然風景を題材にした写真で技術を磨き、月一度の例会を中心に活動しており、作品展は今回で10回目を迎えます。

全紙、全倍で50点以上の作品が展示されますので、ぜひご覧ください。

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第10回TKフォトクラブ作品展「四季の彩景」

会期:5月10日(金曜日)~16日(木曜日)の7日間 平日10:30~19:00(最終日14時まで)、土日11:00~17:00

会場:富士フォトギャラリー 銀座

〒104-0061東京都中央区銀座1丁目2-4 サクセス銀座ファーストビル4F

入場料無料

登山の「まさか」に! レスキュー費用保険で、確かな安心を。

山岳遭難が増えています。無理のない日程、万全の装備、登山届、そして「レスキュー費用保険」。まさかの捜索・救助費用にしっかり備えて、安心登山を楽しみましょう!

登山やアウトドアスポーツなど、日本国内での野外活動中に遭難事故に遭った際、捜索・救助に要した費用に対して保険金をお支払いする保険です。

※海での活動は除きます。

大雪山・旭岳

週刊ヤマケイ最終号は北海道最高峰の山で

40年来の友人と旭岳山頂で断幕を掲げる(写真=谷水 亨)

登ってきた反対斜面(裏旭)を滑走する同行者(写真=谷水 亨)

3月20日、晴れ・強風・トレースなし

週刊ヤマケイ最終号に合わせ、北海道最高峰の山で終わらせたいと、大雪山・旭岳に登ってきました。天気予報は良いものの、山頂の風速が20m以上の予報で懸念はありましたが、最終号には旭岳しかないと意気込んで登ってきました。

大雪山・旭岳は言うまでもなく日本百名山であり北海道の最高峰。広大な山域にそびえ立つ勇姿の美しさは日本一といってもよいでしょう。

旭岳ロープウェイ姿見駅からは樹木一つない白銀の世界。姿見駅から眺める旭岳は純白の衣をまとい、他の色を寄せ付けません。冬でも装備さえ揃っていれば容易に登れるこの山の頂は「早く登っておいでよ。日本一の雄大な山域が見られるよ」と誘っているかのように青空に輝いていました。

強風の予報とはいえ、天候さえ良ければ登れないこともありません。しかし、ひとたび雲がかかりホワイトアウト状態になれば、何も認識できなくなり平衡感覚さえなくなってしまいます。誘惑に負けて遭難した登山者は少なくありません。

今回は長年スキーを共に楽しんでいる高校の同級生と二人で登りました。姿見駅(五合目)は風速5mほど、八合目では10m以上になり、山頂は18~20m、最大瞬間風速は23m(手持ちの風速計)になっていましたが、八合目から私はスキーアイゼンで、友人はシートらで山頂にたつことができました。山頂は風を避けるところがなく、急いで強風の中で記念撮影をしました。北海道の第2・3峰も見えます。トムラウシ山も霞の中に浮かんでいました。

天候が悪化するようなら、そのまま登ってきた道を下りる予定でしたが、天気が崩れる様子もなかったので、風を避けるように裏旭側(登りとまったく反対側)を滑走し、熊ヶ岳との谷間と裾合平の上部を4kmほどトラバースして姿見駅まで戻りました。

なお、今シーズン大雪山系トムラウシ山を縦走される登山者の方は、ヒサゴ沼避難小屋が改修工事のため、小屋及び野営地が利用できませんのでお気をつけください。

http://www.tokachi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/kks/kaisyuukouji/sizen/yama/hisago/Shelter.htm

(文=谷水 亨/北海道アウトドア夏山ガイド認定者)

山形県・品倉山

真白な月山・湯殿山を間近に眺めながらの雪稜歩き

月山へ続く(写真=福井美津江)

迫る湯殿山(写真=福井美津江)

3月20日、晴れ

ちょうどスキー場が休業日で人はほとんどいませんでした。品倉山北側は急斜面で雪崩跡も見えます。西側から取り付きました。ピークに出るとそこからが今回のメインである、絶景を望みながらの雪稜歩きです。間近に湯殿山、尾根の先には月山が聳えています。尾根幅の狭い箇所は特に注意して進み、1281ピークで引き返しました。ワカンジキかスノーシューの他10本爪以上のアイゼンも必要です。

7年前、「週刊ヤマケイ」へ最初に掲載いただいた山行記は月山、休刊前ラストである今号も月山の写真で締めくくることができました。ありがとうございます。

(文=福井美津江)

月山前衛・下柳沢山

月山東面の大崩壊崖が一望できる展望の山

赤砂川左岸のオープンバーンから見た高倉山(左)と柴倉山(右)(写真=曽根田 卓)

下柳沢山から大崩壊崖が連なる月山を望む(写真=曽根田 卓)

3月20日、晴れ

好天に恵まれた20日。平日ながら仕事を休んで月山前衛の下柳沢山に日帰りで登ってきました。

この山は月山の立谷沢川と赤沢川にはさまれた支尾根の北端に位置する、標高1179mの山です。夏道はなく、積雪期に登った記録もわずかしか見いだせませんでした。その理由は登山の起点となる肘折温泉西側のカルデラ温泉館から、苦水川にかかる大きな砂防ダムを越え、雪に埋もれた沢筋を辿って最上と庄内の郡境尾根に登り、いったん赤沢川まで下ってから1114mピークを経由して山頂に至るという複雑なルート採りが必要で、しかも往復距離が18kmもあり、簡単に登れる山ではないためです。

今回は機動力の高い山スキー装備で入山しました。カルデラ温泉館を日が昇る前の朝5時に出発、朝日台の広大な雪原を抜け、底雪崩が発生している斜面をトラバースし、苦水第一ダム(砂防ダム)の右岸を階段登りで越えます。しかしダムの上流は既に川の流れが出ていて、予期せぬ徒渉を強いられました。その後、スノーブリッジを2回渡り赤砂川へ入ります。川の左岸のブナの疎林を、ルートに注意しながらグングン登ると郡境尾根に出ました。赤沢川への下りはクラストしてスキーのエッジが利かず、途中からツボ足で下ります。

赤沢川から1114mピークを越えて下柳沢山まで標高差約400mあります。危険な箇所はなく、体力勝負でどんどん傾斜を増す尾根筋を登り、1114mピークに達すると、巨大な崩壊崖を露わにした、この山域の盟主たる月山が姿を現しました。写真を撮りながら広い稜線を登ること30分。自分にとって憧れの山だった下柳沢山の山頂に着きました。山頂からの展望は360度。3月9日に登ったばかりの立谷沢火打岳や、肘折温泉北西にそびえる高倉山、そして平頂を連ねる葉山や、月山肘折ルート上にある小岳が望めました。

帰りは往路を忠実に戻ります。湿った新雪なので滑りはあまり快適ではなかったですが、登りの苦労を考えるとスキー滑降は格段に楽です。新たな底雪崩が発生している苦水川沿いのルートは安全な場所へ迂回して通過しました。

カルデラ温泉館に戻ったのは午後3時。赤テープのマーキングや、人が歩いたトレース跡が一切ない無垢な雪面に、自分だけのトレースを引いた充実した一日でした。

(文=曽根田 卓)

北アルプス・船越ノ頭

標高差約1800mの充実した山スキー

白馬岳と登山者(写真=増村多賀司)

上:船越ノ頭からの大パノラマ。眼下に栂池自然園と後立山の山々(小蓮華山~鹿島槍ヶ岳) 左下:白馬大池 右下:白馬岳(写真=増村多賀司)

3月20日、晴れ

3月になり、栂池高原スキー場のゴンドラとその上のロープウェイを乗りついで入山できるようになりました。登山届けをチケットの販売窓口に提出しますが、装備などの詳細を確認されますのでしっかりとした記入が必要です。

ロープウェイを下りると地元遭対協の方から最新の情報をもとにしたレクチャーがあります。先週降った新雪の影響で地形によっては雪崩に注意とのことでした。先日も事故があったようです。

始発のロープウェイに乗れたので、誰もいない栂池自然園を進みます。前方には白馬三山が快晴の空に映えています。目指す船越ノ頭はまだはるか頭上。ダケカンバの周辺にはライチョウの足跡や糞があちこちに確認できますが、この天気ではどこかで静かに休んでいることでしょう。

船越ノ頭から南東に伸びる尾根に乗ると南には白馬大雪渓の谷が見えてきます。さらにその奥には唐松岳や五竜、鹿島槍ヶ岳が並んでいます。目指す稜線は気温の上昇とともに雪庇が崩れて小規模な雪崩となっています。谷地形には入らず尾根を進みました。船越ノ頭直下は徐々に急斜面となりますが早めにクトーを装着したので板をかつぐこと無く登ることができました。

稜線に出ると北には真っ白な白馬大池と日本海、西には雪倉岳と朝日岳が大きくそびえています。白馬岳は小蓮華山に隠れて一部しか見えませんが、その左奥には尖った剱岳が見えました。

シールを剥がして滑降準備に入ります。出だしは急斜面で転倒は許されませんが緊張は一瞬で終わり、後は広大な斜面を滑ります。気温が上がってスキーの滑りが悪くなり、脚への負担が大きくなってきたので休憩しながらゆっくり滑りました。

スキー場の下部まで標高差にして約1800mの滑りを楽しむ充実した山スキー山行となりましたが、天気が良かったので日焼けで顔が痛くなりました。

(文=増村多賀司/長野県自然保護レンジャー、写真家)

北アルプス・西穂高岳丸山

隔世の感に浸った山行

小雪まじりで登った丸山までの稜線は風雪の様相。頂で小休止をしていると、上空が動き出し、西穂高周辺の全容が一瞬現れた(写真=白井源三)

西穂山荘に宿泊した夕刻、雲が切れて前面の霞沢岳が夕日に赤く染まった(写真=白井源三)

3月22日~23日、曇り

山岳ガイドの友人が企画した冬山訓練山行にサポート役で便乗し、西穂高独標下部丸山まで登ってきました。

人気の奥飛騨温泉からゴンドラに乗り、初日は西穂山荘までの最短距離ルートです。一週間前の予報では曇りと傘マークでしたが、冬型になり時々雲が切れる山中でした。

ゴンドラ終点からシラビソの樹林帯には固く付けられたトレースにアイゼンがきしみます。途中の台地の樹林帯で雲間から西穂高稜線が望まれました。

山荘では、週末にもかかわらず10数人の宿泊者でゆったりの空間を確保できました。夕刻、上空を覆っていた雲が切れ、正面の霞沢岳が赤く染まり、きれいな夕焼けを堪能しました。

翌朝、快晴の予報に反して小雪が舞っていました。今回の教室の課題、冬山基本訓練で山荘上部の丸山までピストンです。

風雪の中、アイゼン、ピッケルワークを重ねながら丸山に到着しました。上空の雲が動き出し、正面の西穂高の全容が浮んできました。さらに前穂高、笠ヶ岳、振り返ると、焼岳と背後の乗鞍岳までが一望で幸運に恵まれました。下界は桜の開花季節ですが、気温マイナス11度、風速10mで体感温度はマイナス20度を超え、耐寒訓練にもなりました。西穂山荘上部の斜面を利用して滑落停止訓練で終了しました。

約50年前、夏期学校登山で引率した折、休憩した西穂山荘は当時を思い出させるに十分なたたずまいでした。またその翌年、独標付近で松本深志高校の11名が亡くなった落雷遭難があり、隔世の感に浸った山行でもありました。

(文=白井源三/『神奈川県の山』共著者)

乗鞍岳

手指の冷え対策の重要性を実感

位ヶ原山荘分岐の先の急斜面。山スキーの場合、クトー無しでは相当厳しい(写真=中村重明)

肩の小屋口手前より、槍・穂高連峰(写真=中村重明)

3月23日、曇り

だんだんと天候が良好な日も増してきた北アルプスの一角・乗鞍岳を山スキーで目指しました。

乗鞍第3駐車場(やまぼうし駐車場、無料、トイレ・更衣室あり)に駐車し、やまぼうしリフト(8:45営業開始)ほか計3本のリフトを乗り継いでかもしかゲレンデトップへ。そこでスキーにシールとクトーを装着し、山頂を目指しました。

アイゼンやスノーシューの雪山登山者はむしろ少数で、スノーボードを背負って登るバックカントリースキーヤー(シール登高の他、トラーゲン組(アイゼンないしつぼ足)も多数)、スノーボーダーが主流でした。

登り始めてすぐと、位ヶ原山荘分岐先に、山スキー登高にはきつい斜度の斜面があります。後者はトレースやシュプールを使いながら何とか登りましたが、前者は最後の区間、スキー板を外して板をかついで登らざるを得ませんでした。

それでも肩の小屋までは順調に到達。そこでスキーからアイゼンに換えて剣が峰を目指して登り始めたものの、約マイナス13度の気温と風速10m/s前後の強風は厳しく、体や顔は大丈夫だったものの、指先が極度に冷えて感覚が無くなってきつつあったため、肩の小屋~朝日岳の中間地点手前で引き返すことにしました。自宅に用意していた手袋用の小型カイロを今回不用意にも持参しなかったことが悔やまれます。

肩の小屋からのスキー滑降は、昨年1月末に訪ねた時(週刊ヤマケイ2018年2月1日配信号)に比べると、視界はまったく問題なし。が、雪面のコンディションはましではあったものの、堅くクラストした雪面の滑降にはかなり体力を消耗しました。

無事駐車場まで戻り、荷物整理をしていると、なんと山頂方面には青空が広がりつつありました・・・・・・。結果的には、手の冷えの対策をしっかりしていれば、山頂を踏めたようで、ちょっと残念でした。

(文=中村重明)

中央アルプス・木曽駒ヶ岳

週刊ヤマケイ最終号に寄せて

千畳敷から乗越浄土への登り。この付近から傾斜が急になってゆく(写真=野村 仁)

登頂を終えて中岳への登り返し。南アルプスの展望は左から悪沢岳、荒川中岳・前岳、赤石岳、聖岳(その下に大沢岳)、兎岳(写真=野村 仁)

3月25日、晴れのち曇り

週刊ヤマケイも最後ということで、短時間で歩ける中央アルプス千畳敷~木曽駒ヶ岳へ行ってきました。

千畳敷では最近雨が降った日もあり、雪面は冬期よりも硬くなっています。前日までの登山者の足跡が氷化していて、雪穴にアイゼンが引っかかったりします。厳冬期の気候でなくなると気が緩みがちですが、アイゼンワークには充分に注意が必要です。

今回も軽登山靴に夏用スパッツ(当然軽アイゼンでしょう)の人がいました。優秀なリーダーが同行しているのかもしれませんが、疑問に感じました。

晴天は半日しかもたず、木曽駒頂上に着いた昼ごろには上空が曇ってしまいました。それでも隣の南アルプスはもちろん、御嶽・乗鞍、北アルプスの槍穂高、五龍・鹿島槍、妙高・火打まで展望することができました。

千畳敷カールの雪崩は怖いですが、それ以外の部分では長い距離をアイゼン歩行の経験ができます。定番ながらよい雪山トレーニングルートだと思いました。

(文=野村 仁/編集室アルム)

八ヶ岳・三ツ頭

雪の下に隠れていた植生の保護に心配りを

三ツ頭より。幸運なことに展望が得られる(写真=小山貴之)

後ろ髪ひかれる思いで下山(写真=小山貴之)

3月23日、曇りのち雪

権現岳を目指し、天女山入口ゲートより登山開始。冬季はゲートが封鎖されており天女山駐車場まで車で上がることができないため、注意が必要です。

天の河原を過ぎてほどなく登山道上には雪が出てきました。凍結していて歩きにくく早めにチェーンスパイクを装着しました。雪は豊富で、3月に入ってから増えたようです。

歩き始めは時折日差しもあり目的地の権現岳、三ツ頭を目視で確認することができましたが、徐々に雲行きが怪しくなってしました。

前三ツ頭では進む先はガスに覆われ、風も強くなり歩を進める意欲が削がれます。三ツ頭手前の樹林帯では小雪も舞い始め、三ツ頭に到着した時には吹雪となっていました。しばらく行程を悩みましたが天候条件がとても悪いためこのまま進むのは危険と判断し、三ツ頭をこの日のピークとし下山することを選択。三ツ頭では目的地であった権現岳や主峰赤岳を望むことができたことは幸運でした。

下山時に振り返るとガスは晴れ、青空も見えてきました。時すでに遅し。後ろ髪を引かれる思いで登山口に戻りました。この日の登山者はみな三ツ頭や前三ツ頭で撤退したようです。また天候条件の良い日に訪れたいと思います。

残雪期は雪の下に隠れていた植生が顔を出す時期でもあります。植生保護のためにもアイゼンでダメージを与えないようにお願いします。

(文=小山貴之/長野県自然保護レンジャー)

栃木県・三毳山

春の妖精カタクリの群生地を訊ねて

一面のカタクリ群落。曇りのため開花していたのはわずか(写真=奥谷 晶)

中岳南面のカタクリ群生地。ようやくさしてきた木漏れ日を受けて華やか(写真=奥谷 晶)

3月23日、曇り一時雨

カタクリの群生地で知られる三毳(みかも)山に行ってきました。あいにく曇り空で、時には小雨も降る天気。閉じてうつむき加減の花たちが多かったのですが、午後遅くなってようやく陽がさしてきて、舞うような可憐な姿を見せ始めてくれました。

(文=奥谷 晶)

外秩父・仙元山

ご愛読いただいた皆様に感謝

カタクリとニリンソウの里のカタクリ群生(写真=石丸哲也)

右から時計回りに「相原求一朗の軌跡」展の撮影可能スポット、西光寺の枝垂れ桜、仙元山見晴らしの丘からの展望、午後の逆光に映えるカタクリ(写真=石丸哲也)

3月24日、快晴

仙元山は埼玉県小川町、外秩父のカタクリ群生地で知られる山です。しかし、この日はまず川越へ。行きそびれていた川越市立美術館の「相原求一朗の軌跡」展の観賞が目的です。相原氏の作品は、日高山脈の幌尻岳からピパイロ岳縦走の下山後、中札内の六花の森で観たのが最初でした。そのときはまだ相原氏を知らず、日高の原野で開拓をしながら山や花を描いた坂本直行氏の記念館をたずね、隣接する相原求一朗美術館で、北の十名山をはじめとする作品に出会い、感銘を受けました。

今回の展覧会は途中で大幅な展示替えがあり、北の十名山は第1部での展示で、私が訪れた第2部は80年代~晩年の作品が紹介されていました。モノクロームに近いほど色調を抑えた画面からみなぎる静謐で峻厳な力は、闘病生活のなかで、体調の不調を押して描き続けた意思の強さをも感じさせるもの。魂の奥底まで響くような作品揃いで、ここ数年で最も感動した展覧会でした。

朝一番で入館し、2時間ほど観覧した後、川越城本丸御殿、時の鐘、一番街などの蔵の街、喜多院、枝垂れ桜が満開の中院を散策して東武東上線川越駅へもどり、小川町駅へ移動しました。小川町駅に着いたのは13時30分でしたが、仙元山は駅から歩けて、半日たらずで登れる低山なので、カタクリをゆっくり愛でても余裕の行程です。せっかく川越まで行くのだから、どこか手近な低山も、と物色したところ、仙元山のカタクリが開花中という情報をゲット。見ごろに入りそうで、なおかつ天気がよい日を選んで、「相原求一朗の軌跡」展最終日に出かけてきたのでした。

まずは、仙元山へ向かい、北側の山裾を時計回りに進み、カタクリとオオムラサキの林、続いてカタクリとニリンソウの里のカタクリ自生地をたずねます。2つの自生地は、全体に密生しているわけではないですが、トータルの面積では三毳山の自生地に匹敵するかと思われる規模です。訪れる人はずっと少なく、静かに観賞できます。地元のボランティアの話では「今週末のカタクリまつりまで満開の花を楽しめそう、その後はニリンソウが花盛りになる」とのことで、しばらく楽しめそうです。当日、カタクリとニリンソウの里入口の西光寺では枝垂れ桜の花も楽しめましたが、ソメイヨシノももう少しで咲きそうです。

山裾を回りこみ、八宮神社から山道へ。見晴らしの丘公園に寄り、展望台に登ると、春霞ながら周囲の山々をはじめ赤城山まで眺められました。すでに15時30分を回って、日が傾き始め、登山者も途絶えた山道を登り、仙元山へ。山頂から小川町方面の展望、百庚申の板碑群など、ゆっくり眺めたり、写真を撮ったりしながら下山し、17時前に小川町駅に帰り着きました。

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今回が「週刊ヤマケイ」最終号とのこと。毎週、欠かさずに編集、発行に努められた佐々木惣さん、愛読してくださった読者のみなさんには、いくら感謝しても足りない思いです。長い間、ありがとうございました。今後の山行レポートはヤマケイオンライン、フェイスブックなどに投稿したいと考えています。よろしくお願いします。

(文=石丸哲也/山岳ライター)

千葉県・富山

南総里見八犬伝ゆかりの山を訪ねる

左上:伏姫ノ籠窟。伝説の一幕を見ているかのようだ 右上:愛の鐘。皇太子ご夫妻がご訪問されたときに設置された 左下:登山道に咲く山吹。緑濃い林道に黄色がとても印象的だ 右下:南峰の下り道。子供達も懸命に登る。(写真=伊藤哲哉)

富山展望台より富士山を望む。春らしく霞んで見える(写真=伊藤哲哉)

3月24日、晴れ

肌寒さを感じながら、道の駅富楽里とみやまを発ちます。この時期の南房総としては珍しく気温は6度でした。

案内標識板を頼りに、まず伏姫ノ籠窟を目指します。出発して40分ほどで籠窟の山門に着きました。山門には桜があり、来週には見頃を迎えそうです。整備された階段を登り、八角形の舞台を通り過ぎると伏姫ノ籠窟があります。

南総里見八犬伝は戦国時代に安房の地を活躍の拠点にした房総里見氏の歴史を題材にして江戸時代に創作された長編小説です。伏姫ノ籠窟を見ながら、物語に思いを馳せて、しばらく時間を過ごすのもよいものです。

籠窟を離れて林道に登ると菜の花、スミレ、ホトケノザ、ヤマブキ、マムシソウなどの春の花や植物が迎えてくれました。陽光が眩しく一層春らしさを演出してくれます。

双耳峰の稜線に出て、愛の鐘を経て北峰南側の展望台に着きます。ここでは東京湾と岩井の街並みを眺めることができます。さらに進むと北峰展望台です。伏姫の籠窟から北峰展望台まで1時間強の道のりです

展望台では、遠くに大島や富士山のほか房総の山々の景色を満喫することができました。続いて南峰に向かいます。石段を登ると寂しげに建つ観音堂がありました。

ここから小1時間ほど整備された道を下ると福満寺に着きます。福満寺で小休止後、満開の菜の花を見ながら道の駅に戻りました。春を満喫する旅でもありました。

(文=伊藤哲哉/『改訂新版 千葉県の山』共著者)

静岡県・満観峰

地元静岡で人気の山へ

山頂にて。標識の向こうに駿河湾(写真=唐橋佳代子)

広々とした山頂でヨガを楽しむハイカーの皆さん(写真=唐橋佳代子)

3月24日、快晴

静岡市を西へ向かうと目の前に迫ってくる山・満観峰(470m)。山名の由来は文字通り、山頂から360度の展望が得られること。3~4時間で往復できるコースもあり、登山道も良く整備されているため、人気の山で休日には多くのハイカーでにぎわいます。

快晴の天気に恵まれた日曜日、満観峰頂上でヨガをするハイキングのイベントで登ってきました。満観峰山頂へは静岡市側・焼津市側からいくつかのコースがありますが、今回は最古の東海道・日本坂峠の麓の小坂集落から登り、国道1号線側の逆川集落へと下山するコースです。比較的山道の部分が短く、初心者の方にも歩きやすいコースです。小坂にはトイレと数台分の駐車場がありますが、逆川は登山口が民家のすぐ脇であり、20分くらい歩いて道の駅宇津ノ谷までいけばトイレや食堂もあります。

小坂からは静岡の山らしい、茶畑や駿河湾を眺めながら登っていき、やがて広々とした山頂に到着すると、目の前に素晴らしい展望が広がります! 東には静岡市の街の向こうに富士山。南にはブルーの駿河湾と伊豆半島、西には焼津の港から御前崎方面への広がり、少し頂上から下がると、北に南アルプス・南部の主峰群。

冠雪した富士山の姿が美しい冬がお薦めの山ですが、今年は2月にはほとんど雪がなく、3月に入ってからきれいな富士山が望めるようになりました。

色々なお花も咲き始め春の雰囲気も良くなってきました。もうしばらくはこの景色が楽しめそうです。

(文=唐橋佳代子/登山ガイド)

北アルプス・五竜岳

遠見尾根から五竜岳をめざしました

モルゲンロートの五竜岳(写真=吉田雅子)

モルゲンロートの鹿島槍ヶ岳(写真=吉田雅子)

3月16日~17日、16日小雪、霧、17日朝のうち晴れのち雪

遠見尾根から五竜岳をめざしました。状況がよければG2中央稜の登攀も考えていましたが、終始ラッセルの時間切れのため、登攀はおろか白岳手前での敗退となりました。

1日め、五竜とおみスキー場のリフトを降りると、霧で視界がほとんどありません。登山口のゲートにはビーコンチェック機能のほか、雪崩危険度の表示もされているのには驚きました。

二ノ背髪あたりまではトレースがありましたが、そこからはトレースなし。わかんを履いて終始膝下くらいのラッセルです。雪は少し重めですが団子になるほどではなく、またクラストもほとんどしておらず、まあまあ悪くない状態でした。

初日は14時くらいに、大遠見山の先の平坦地で幕営。

翌日、朝は晴れですが、のちに冬型となり荒れる予報。遅くならないうちに下山すべく、タイムリミットを8時として5時から登り始めました。

西遠見山の先でモルゲンロートの五竜岳を眺め、今後のために、G2中央稜へ行く場合はどこから降りて白岳沢をどのようにトラバースするのかなどをあれこれ考えました。その後、白岳手前の急登をラッセルし、8時に折り返しました。

その頃から雪も降り始めたので急いでテントに戻り撤収、出発。昨日の自分たちのトレースも雪と風でまったく消えており、再ラッセルでひたすら下山です。13時にテレキャビンの降り場に到着して終了。

ひさしぶりにがっつりの雪山でした。

(吉田雅子/神奈川県/よく行く山:北アルプス)

西丹沢・畦ヶ丸

丹沢で小さな春を見つけました

幾度も丸木橋を渡り奥へ奥へと分け入ります(写真=葉山美和)

西丹沢のハナネコノメ(写真=葉山美和)

3月17日、晴れのち曇り

西丹沢自然教室の前の駐車場に停めて出発。さっそく満開のミツマタが出迎えてくれました。4つの堰堤を越え、いくつもの丸木橋を渡っていきます。途中で上流を指す「下棚」の標識に導かれ沢を登り、「しもんたな」と読む落差40mの滝に寄り道しました。

登山道へ戻り「本棚」という名の滝までの間にあるハナネコノメを探しました。まずヨゴレネコノメを、その後お目当てのハナネコノメの群生を見つけました。白い花びらに赤い葯がとても愛らしく、いつまで見ても見飽きることがありません。

沢から離れ一登りしてベンチに着くと、その先はアセビの並木道に変わります。勾配も増してきて、稜線を吹く風はひんやりとしてきました。山頂直下の北側斜面は、昨日の降雪でうっすらと粉砂糖を振りかけたようになっています。

今回は時間の都合で山頂からピストンで下山しました。木々の隙間から見える向かい側の檜洞丸の山頂は白く雪化粧されています。ハナネコノメに別れを告げ、駐車場まで戻ってきました。

(葉山美和/千葉県/よく行く山:中央線沿線の山、奥高尾)

静岡県・七ッ峰、三ッ峰

好天にパノラマ展望を楽しむ

パイロット農場から見た七ッ峰(写真=太田正孝)

三ッ峰の北側山腹伐採地からの展望。井川湖の奥に、左から大無間山、中央に聖岳、赤石岳、悪沢岳、右に布引山、小河内山(写真=太田正孝)

3月24日、晴れ

一昨年のこの季節に雪の天狗石山へ行きました。そのとき間近に見えていたのが七ッ峰(1533m)です。いつか登ってみたいと思っていましたが、南アルプスの玄関口井川へ通じる富士見峠から気軽に登れることを知り、山友さんたちを誘って行ってきました。

この日は寒気も抜けて雲一つない絶好の山日和になりました。富士見峠からまず三ッ峰に登り、いったんパイロット農場に下ってから尾根伝いに七ッ峰に登ります。登山道は歩きやすく危険なところはありません。途中の広々とした農場からは大無間山、黒法師岳など南ア深南部の山々が展望できます。七ッ峰山頂からも富士山や安倍東山稜の山々が望めました。圧巻だったのは、帰路にとった三ッ峰の北側山腹を巻く道の伐採地からの眺望でした。井川湖を見下ろし、大無間山から南アルプス、富士山までのパノラマ展望が待っていたのです。山行は晴天が一番ですね。

(太田正孝/愛知県/78歳/よく行く山:岐阜、長野、三重、静岡の山)

休刊のご挨拶

いつも週刊ヤマケイをご愛読いただき、ありがとうございます。

今回の最終号にあたり、先週に引き続き多くの方から暖かいメッセージをいただきました。本当にありがとうございます。

まだまだ紹介したい山も本もたくさんありましたが、ここでいったんお休みとさせていただき、また違う形で皆さんとお会いできれば、と考えております。

週刊ヤマケイは休刊となりますが、今後はぜひともヤマケイオンラインをご愛顧ください。

ヤマケイオンラインには「YAMAYA(山ヤ)」というコーナーがあります。登山の専門家や先輩たちが、山についてのノウハウを伝えるコラム集的なコーナーになっており、週刊ヤマケイにご寄稿いただいた方々のレポートが、さらに加筆や情報を付け加えて掲載されております。

・南沢あじさい山(石丸哲也さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=403

・北アルプス朝日岳~白馬岳(奥谷晶さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=424

・北海道幌尻岳チロロ川ルート(谷水亨さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=446

・日高山脈・ペテガリ岳(谷水亨さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=454

・東北・紅葉の山(秋田県・秣岳、岩手県・南本内岳)(曽根田卓さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=479

・秋田・焼山(佐藤浩二さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=493

・加治丘陵(石丸哲也さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=529

・倶留尊山(金丸勝実さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=531

・鎌倉アルプス(白井源三さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=535

・鈴鹿・鈴北岳、御池岳(金丸勝実さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=532

・高尾山、ダイヤモンド富士(石丸哲也さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=530

・丹沢・仏果山「シモバシラの氷華」(白井源三さん)

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=542

地図も掲載され、写真も増え、読み応えが増していることがおわかりいただけますでしょうか。今後も記事を増やしていく予定ですので、どうぞご期待ください。

ヤマケイオンラインでは「みんなの登山記録」という投稿コーナーもございますので、こちらにもたくさんのご寄稿をいただければありがたく存じます。

また弊社の雑誌や書籍も変わらずのご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

最後に、皆様のこれからの登山人生がますます豊かで楽しいものになりますことを祈念しております。

佐々木 惣/週刊ヤマケイ編集部

株式会社山と溪谷社
〒101-0051東京都千代田区神田神保町1丁目105番地
編集
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